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子供心と大人の事情

“私んちは、俗にいう貧乏家庭。
親父は船乗り、お袋は専業主婦。l
ごくごく当たり前の家庭だと思っていた・・・あの時までは・・・
最初に私が子供ながらになりたかった職業は特にない。
成長の過程で憶えるのだと思うが、強いて言えば、パイロット。
理由は後述しますが、一般家庭の普通の教育を受けた者とそうではない者。
当然夢見る者(先)は違うのだ!

私は幼いころ、よく分からないが現在では”バリィさん”の名で売り出し中のユルキャラの出所に生を頂戴した。
その今治(いまばり)って所に小学3年までいたのだが、ある日両親が果てしない喧嘩を始めたのだ><
兄貴は今風でいう”シバカレ”て、妹は放置!私は「大丈夫?」、「父ちゃんに来い!」・・・
と、両親の争奪戦。私は生まれながらに”自由”でありながら、父ちゃん母ちゃんが自分の兄妹と私を区別なのか差別なのか
分からない狭間で生きてきた。

今、親父は既に他界し、お袋は健在。生前親父は船乗り。船乗りは世間一般では「高収入」ってイメージありますよね?
確かに大人になった私は流石に理解できるが、私んちはどうやら”折半”だったようで、転校してからの生活は地獄でしたね。

何が地獄かは人それぞれなのですが、私が一番嫌だったのは、お袋は内職でミシンでタオルのネーム?みたいのを縫う。
その時は1枚1円50銭とか言ってた。親父は月50万手取りとか言ってた。その二人の苦労は大人にならないとわからないよね。でもその時の子供の気持ちも大人にならないとわからないよね。

思春期になると「おまえんち船乗りなのに」「おばちゃんなんで牛乳に砂糖入れるん?」などと言われると、私の中では知っていた貧乏を口にはできなく、ただ飲み込むしかなかったのだ。

私は子供ながらに母ちゃんが好きだったし、父ちゃんも好きだったのだ。でも父ちゃんが好きって言えなかった。
言ったら母ちゃんが怒る。いや・・・父ちゃんが好きって言ったら嫌われると母ちゃんに気を使っていた私と、そう私が思う環境がどうかしていたのかもしれない。

もうこの世に居ない親父・・・親父は船乗りで自由だった。でもね、同じなら”同じ”になるのよ子孫は。
だから子供のころはね、同じ自由でも父ちゃんが海なら、僕は空にって思った。

今、私のその時の子供ココロの夢は叶ってもいないし、叶えたいとも思わない。
親を恨む時期も確かにあった。でも夢って己の成長過程で自由に「選べる」って環境に感謝。

そう生んでくれて、育ててくれて、困難を与えて貰って・・・夢は「選んでいいんだ、ありがとう」って、父ちゃんの墓前もだけど、母ちゃんが生きてるうちに「自分の言葉で親孝行」できればいいかなってのが、私の”夢””

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